2011年9月7日水曜日

北岳と甲斐駒ケ岳

北岳の向こうで白く輝く頂を見せて、我々山人の目を引き付ける山が甲斐駒ケ岳です。
信仰の対象として南アルプスでは最も有名な山ではないでしょうか。麓の竹宇と横手に
駒ケ岳神社があり、両方に登山口があります。信仰登山の表参道ですが標高差が
2200メートルあり。しかも、険しい道の連続で覚悟のいる山です。3千メートルの遊歩道
から撮影しました。

2011年9月6日火曜日

浮かぶ富士

呆然としていた私はシャッターを切ることを忘れていました。気が付くと急速にガスが
消えて行きました。間の岳は3189メートル、富士山は3776メートル。その差はたかが
587メートル。それでも圧倒的に高く、その存在感は際立っていました。私は富士山には
2度登っていますが、富士は登るより観るほうがはるかに良い。それもなるべく高い所から
観るほうが富士の偉大さがわかると思います。

2011年9月5日月曜日

北岳を望む

日本第2の高峰北岳(3192m)です。南アルプス赤石山脈北部にそびえる白根三山の一峰で
山梨県の西部にあります。この北岳から隣の間の岳(3189m)までの稜線は日本で唯一の
3000メートルの散歩ができる道です。私が初めてこの稜線を歩いた時はあいにくの天候で
濃い霧で視界は数メートルでした、その中を手探り状態でやっとの思いで間の岳の頂上に
立った時の感動は今でも忘れることができません。頂上は雲の上にあり、雲海の彼方に
富士山が圧倒的な高さで浮かんでいました。私は言葉を忘れて呆然と立ちすくんでいました。

2011年9月4日日曜日

月見ガ丘遠望(岩樋山)

山また山の連なり、私はこんな風景が大好きです。中国山地も本場に劣らず高さこそ違えど
深いですね。山陰地方は山蔭ということでマイナス面を強調されがちですが、逆に最近大型化
している台風などの災害から、この山地が守ってくれていることを思えば誠に有難い存在だと
思える今日この頃です。

2011年9月3日土曜日

薊に集う

8月29日道後山に登りました。とても登り易い山で少し登ると草原のような広い稜線になりました。
昭和30年代まで放牧が行われていたとの事で、その頃は灌木などはなく一面の牧草地で天上の
楽園のような所だったのでしょう。ポツンと取り残されたような薊の群落がありました。
ツマグロヒョウモンとキアゲハが群れていました。心地よい風が吹いていました。

2011年9月2日金曜日

神事を終えて

夕日の中を帰る、象徴的な光景です。スサノウには夜あるいは黄泉のイメージが付き纏います。そして、
オオクニヌシ(スサノウの子とも6世の孫とも云われる)には多くの別名があります。大黒天、オオナムチノ神
八千矛神、国魂神等々、これら地方神の統合の象徴が大国主命なのです。スサノウは土着の民の象徴で
あり、アマテラスは渡来系民族を象徴しているのではないでしょうか。そして、先住民族の中心地が出雲
だったのではないでしょうか。

2011年9月1日木曜日

夕日を背に

無事、務めを果たして帰途につきます。御幸神事は別名夕日の祭りと言うそうです。記紀神話では
イザナギ、イザナミの夫婦神からアマテラス、スサノウ、ツクヨミの三神が生まれます。アマテラスは
太陽の神格化、ツクヨミは月の神格化。では、スサノウは?これがはっきりしないのです。日御碕神
社はアマテラスの神託によって造営されたことになっています。夕日の後には夜が始まります。